「いなくなってはじめて相手のことをなにも知らなかったと気がつく。そういう経験が私にもあります」
行方がわからなくなった弟を探す兄は、周囲の人たちに聞きます。
「弟は、あなたから見てどんな人でしたか」
人によって、まったく違う印象、別人のような姿をみせる弟を、よりいっそう遠く感じる…。
人の本質って、人生の希望って、なんだろう。
そんな問いのひとつのアンサーになる作品をご紹介します。
全編通して、弟本人の気持ちが語られることはなく、周囲の人たちの視点で物語は進みます。
人に求められる自分を差し出すうちに、何も残らない…そんなやるせなさを感じる人に、おすすめの作品。
- 周りの目が気になって自分らしく振る舞えない
- 夫婦・兄弟など、近い関係の人のことが理解できない
- 良い子と言われることにモヤモヤしている
- やりたいことが見つからなくて、焦りを感じる
「希望のゆくえ」を解説するよ!

「希望のゆくえ」寺地はるな|登場人物
「希望のゆくえ」のタイトルになっている人物、柳瀬希望(のぞむ)は、突然姿をくらまし、ほとんど登場しません。
だけど、希望の存在感は大きいよ。
物語は、希望を探す兄の誠実(まさみ)を中心に進みます。
- 柳瀬誠実(まさみ)…希望を探す、6歳年上の兄。実質上の主人公。事なかれ主義で、夫婦や家族の問題を見て見ぬふりをしてきた。
- 山田由乃…クリーニング屋の娘。高校生の頃、希望と付き合っていた。
- 有沢慧…希望が勤務していたマンション管理会社の後輩。人を見下す傾向がある。匂いに敏感。
- 小平実花子…元保育士。今はアパートのオーナーをしながら母親の介護をしている。
- 重田くみ子…希望の勤務先が管理するマンションに、暴力を振るう父とふたりで暮らしていた。
「希望のゆくえ」寺地はるな|あらすじと内容
誠実は、母親からの要領を得ない電話で、弟の希望が姿を消したと聞きます。
希望が一緒にいるのは、勤務先の会社が管理するマンションに住んでいた、放火犯の疑いがある女…。
のちに、放火じゃなかったと疑いが晴れるけど、いなくなったことには変わりないよね…。
誠実は、希望と交流があった人たちに会いに行きます。
最初は、希望がどこに行ったのかを探していたけれど、徐々に、希望は本当はどんな人だったのかを知ろうとするように。
会う人ごとに、希望の印象はそれぞれまったく違っていて、希望のことを知ろうとすればするほど、わからなくなっていく。
希望は、どういう人間だったのでしょうか。
誰のために生きて、何のために姿を消したのか…?
ここではない、どこかへ行きたかったのかな…。
人によって、希望に抱いていた印象が異なるのは、自分の思いを投影しているからなのかもしれません。
「希望のゆくえ」は、強烈な親たちの物語
「希望のゆくえ」には、いくつかの父親像・母親像が描かれています。
ほとんど、悪い父親と、卑屈な母親ばかり…!
誠実と希望の父親は、世間体を気にして、「きちんと子どものしつけをするのが母親の務めだ」と、妻につらくあたります。
父親の顔色をうかがって、息が詰まるような暮らし。
希望が、飼っているうさぎの世話ばかりで、勉強をしていないと言っては、母を責める父。
激高して大声を張り上げ、ときには暴力を振るう…。
そんな父との暮らしで、母も子どもたちも、おかしくなっていきました。
誠実は見て見ぬふりをして、希望は母の望む優しい良い子として。
母親は、大人になっても希望に干渉しているし、歪んだ家庭だから、こうなっちゃったのかな…。
重田くみ子の父も、娘に手をあげていたし、火をつけたのは自分なのに、くみ子のせいにしました。
実花子の母で、保育園の園長だった敦子も、望むとおりにならない娘と、遅く授かった長男を差別し、圧力をかけて育てました。
親たちの過剰な期待や、歪んだ自己愛から脱出して、自分の人生を歩む。
「希望のゆくえ」は、ほんとうの自立の物語でもあります。
希望は、人に求められる自分を差し出す、空っぽの箱
いなくなった希望は、重田くみ子とともに暮らしています。
夫婦でもなく、恋人同士というわけでもなさそうな、ふたりの関係。
ふたりが幸せなのかどうか、私にはわからない…。
そんな中で、希望がくみ子に語った「空っぽの箱」の話は、まぎれもなく希望の本音でした。
「僕はこの箱と一緒なので」空っぽなので。
(中略)
みんなが僕に、なにかを期待する。僕が持ってるただの空洞に、どんどん放りこんでくる。僕はただそれを受けとめているだけなのに、なぜかみんな自分が欲しいものを僕から差し出されたと勘違いする。
母親には、父親への恨みを理解してくれる、優しい良い子を。
由乃には、コニー・アイランドに憧れる気持ちを肯定してくれた、きれいな思い出を。
慧には、マンションの理事たちに信頼される、いつも風に吹かれているような涼しさを。
実花子には、すべてを見透かすような、静謐でちょっとこわい子どもを。
希望は、相対する人たちに、それぞれの求める姿を提示してきただけで、「自分はこうだ」と主張するものは何も持っていませんでした。
だけど、本当にそうでしょうか?
希望が、自分の箱を光あふれるもので満たすまで
希望は、自分には何もない、空っぽだというけれど、不幸だったようには感じません。
希望は、後輩だった慧いわく、面倒なことを頼まれても「いいですよ」と引き受ける「都合のいい人」。
いい人じゃなく、「都合のいい人」っていうあたり、上から目線で人を批評する慧らしい言葉だね。
だけど、希望がくみ子に「一緒に逃げて」と言われたとき、「いいですよ」ではなく「急ぎましょう」と言いました。
希望は、自分の意志で、くみ子の手を握りました。
人の内面なんて誰にもわからないし、誰かから見たその人と、私から見たその人が、一致していないことだってある。
だから私は、自分が感じたことを信じます。
希望は、決して空っぽなんかじゃない。
パンドラの箱だって、災いがすべて出ていったあと、わずかに残った光は希望なのです。
「希望のゆくえ」寺地はるな|まとめ
「希望のゆくえ」は、読む人によって印象が違う、まさに希望(のぞむ)のような作品。
誰かに、自分がかけてほしい言葉を求めすぎていないかと、反省する人もいるかもしれません。
誠実が都合の悪いことを受け流したり、くみ子が自分を卑下するところを見て、イライラするシーンもあります。
最後まで、希望が何をしたかったのかわからなくて、モヤモヤしながら本を閉じる人もいるでしょう。
あなたは、どんな感想をもつでしょうか?
人生の節目で読み返すと、また違った印象になる予感がします。
希望が、いつかどこかで、自分の箱を光で満たしていることを祈ります。
「希望のゆくえ」著者、寺地はるなさんのコメント
『希望のゆくえ』の紹介ブログです。本文の引用多めで内容もくわしく書かれているので事前に情報を入れたくないかたは本を読んだ後に読まれたほうが良いと思います。 https://t.co/YOzNmOkQT9
— 寺地はるな5/26『水を縫う』 (@tomotera0109) March 29, 2020
Twitterで、著者の寺地はるなさんご本人に記事をご覧いただきました。
内容書きすぎちゃってるかな…?
ストーリーの結末や肝心なところは伏せていますが、まっさらな状態で読みたい方に配慮して、タイトルに【ネタバレ注意】と追記しています。
[jin-fusen3 text="これまで作者さんに頂いた反応をこの記事にまとめています。"]
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「希望のゆくえ」では、真珠の核が石ころやプラスチックであることが、象徴的に語られます。
真珠が印象的に扱われている作品といえば、「人魚は空に還る」三木笙子。
人は、失敗したり間違えたりするけれど、時間が経てば、その間違いが核になって、真珠のような人間になれるかもしれません。

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