実家のワイナリーを営み発展してきた母が、突然の病でこの世を去りました。
母の跡を継いで、ワイン作りに奮闘する双子の物語をご紹介します。
姉・光実にとっては、美しくて優秀で、いつか私もこうなりたいと願う、憧れの母。
弟・歩にとっては、求めても認められなくて、失望されたくなくて逃げてきた存在。
仕事への向き合い方、不幸比べをする不毛さ、自分を磨く努力の価値、人に頼る才能…さまざまなメッセージが詰め込まれた作品です。
- 今の仕事は自分には向いていないんじゃないかと悩んでいる
- 自分ひとりで頑張りすぎて疲れてしまう
- 他の人が努力していないように思えてイライラする
- 人と自分を比べて、羨ましく思ってしまう
- 外見を磨いても、素材のいい人には勝てないと思う
「月のぶどう」寺地はるな|登場人物
「月のぶどう」は、ワイナリーを営む天瀬家の双子たちの物語です。
- 天瀬歩(あゆむ)…双子の出来の悪い方の弟。どこかに自分の天職がある気がして、26歳になっても叔母のカフェでバイトしつつフラフラしている。
- 天瀬光実(みつみ)…歩の双子の姉。昔から母を尊敬していて、ワイナリーを継ぐと決めていた。なんでもできるが、頑固で独りよがり。
ふたりは、母を亡くしたばかり。傷ついていて、不安定で、とても未熟です。
天瀬ワイナリーと、その周囲には、そんなふたりを支えてくれる人がいます。
- 父…婿養子で天瀬家に来た。物静かで下戸。会社の経理を担当している。
- 祖父…普段はおちゃめないたずらを仕掛けてくるが、ワインに関しては厳しい。心臓の病気持ち。
- 和葉さん…双子の叔母で、亡くなった母の妹。カフェ経営。歩をかわいがっている。
- 日野さん…普段はニコニコしているが、ワインのことになると突然声を荒らげる。ドイツのワイン学校に留学した経験がある。
- 森園くん…バイトの若者。見た目はヤンキーだけど働きぶりは悪くない。歩を敵視している。
- 広田大志…歩の親友で、昔から光実のことが好き。無口だけど優しくていいヤツ。
- リッコ…光実の友達。一度就職したが、パティシエになるために製菓学校に通っている。
- 君沢美晴…双子たちの中学の同級生。メイクや美、インスタ映えにこだわっている。
- 戸川あずみ…無愛想なガラス職人。和葉のカフェに作品を置いている。歩の気になる存在。
誰もがひとりっきりじゃないし、ふたりっきりでもありません。
「月のぶどう」を読んだあと、この言葉の意味を噛みしめるはず。
「月のぶどう」寺地はるな|あらすじ・内容
実家の天瀬ワイナリーを切り盛りしていた母が、突然倒れ、帰らぬ人になった…。
光実は、これから母のそばで家業を少しずつ学んでいこうと、就職した飲料メーカーを辞めたばかり。
歩は、家業に熱意のない自分に対して、母が失望しているのを自覚していて「ワインなんてたかが酒やのに」と距離をおいていました。
歩は、仕方なくワイナリーを手伝いはじめましたが、あるできごとを境に、真剣に向き合うように。
ワインと家業が心底好きでたまらない、光実みたいにはなれなくても、それでも仕事として向き合うことはできるのです。
一方、光実が弱さをさらけ出せるのは、歩の前だけ。
でも、ずっと守ってあげる存在だった歩が、自立したり、努力しているところを見せられると、なんだか心がザワザワする…。
双子の姉弟という、対等だけど正反対なふたりだからこそ、本気でぶつかり合い、成長していくのです。
将来なりたい職業になるのが人生の目標?
歩は、「自分には何かあるんじゃないか」と、いつも期待しながら生きてきました。
たとえば、自分には隠された才能があって、新しいことをはじめたときに開花して目覚ましい能力を発揮する、そんな何か。
光実のように「家業を継ぐ」と心に決めて、やりたい仕事を自分のものにしている人が、まぶしくて仕方ありません。
小学校で「将来の夢」を作文に書くときも、特定の職業を挙げるし、その夢を叶えた人が素晴らしいと讃えられます。
そんな歩が、家業に向き合うきっかけになったのは、昔の恩師とのできごと。
昔から憧れていた職業に就く、ということが人生のひとつの理想のように語られることがよくあります。歩くんももしかしたら、そう思っているのかもしれません。
けれども歩くん、就きたかった職業でなくても、あなたが真摯に、一途に、日々取り組んでいるとしたら、それはとても美しい生きかただと、私は思います。
不幸な人間しか苦悩を語ってはいけない?
バイトの森園くんは、歩の勤務初日から、あからさまにバカにしてきます。
歩は、天瀬ワイナリーの息子で、ここで働くために面接されたわけでもないし、ワインを学ぶために苦労をしたこともありません。
つまり、歩に嫉妬しているわけです。
でも、誰かと自分を比べて、「俺のほうが苦労している」とか「あの人には俺のつらさはわからない」と拗ねることに、意味はあるのでしょうか。
人生を交換することなんてできないし、考えるだけ無駄なこと。
歩は、「そんな苦悩選手権みたいな世界で生きるのは嫌だ」と、はっきり主張します。
ワイン作りの技術を伝え、人を育てる責任
天瀬ワイナリーには、日野さんの存在が欠かせません。
収穫のタイミング、醸造に使う樽の種類…日野さんしか知らないことがたくさんあります。
母が突然亡くなったように、日野さんがいなくなってしまったら…と想像すると怖くなります。
ワイン作りの技術を絶やさないために、次世代に引き継ぐことも大切な仕事。
日野さんが、歩に苛立つ感情、光実を大切に思う感情、どちらも尊く感じられますよ。
見た目を磨く努力は、自分を向上するために有効
同級生の美晴は、自分をかわいく見せることに余念がありません。
メイク、髪型、仕草、服装…instagramでは、二重のほうの目だけをバッチリアップします。
自分の「かわいい」に磨きをかける同級生に、光実は冷ややかでありながら、モヤモヤする気持ちを隠せません。
でも、美晴は、「ありのままの美人には勝てないのかな」という気持ちがありながら、自分を好きになるために努力しているのです。
そんな美晴に、歩は「この葡萄って、わりと手かけて育ててるよ」と言います。
土作りにはじまって、余計な枝を剪定して、小さく育った実を摘房して、葡萄を収穫して、醸造して…。
タンクに入れたあとも、まるで生き物のように、こまめにお世話しなくてはなりません。
見た目を磨くことで、自分が楽しく幸せでいられるなら、その努力は意味があることなのです。
自分ひとりにできることは限られている
光実は、これまで、勉強もスポーツも「できる側」として生きてきました。
その分、なんでもひとりで抱え込みがちで、自分でやりきろうとしてしまいます。
お母さんみたいに、と意気込むあまり、空回りして焦って…。
のちに、光実は、母がなんでも器用にこなし、自信にあふれていたのは、陰の努力があったからだと知ることになります。
それに、子どもたちの見えないところで、周囲の人にたくさん支えられていたことも。
歩は、「双子の出来の悪いほう」として育ってきたので、「自分はできない」ということを理解しているし、他人を頼ることに抵抗がありません。
光実は歩に学ぶところがあるし、もちろん逆もしかり。
もっと周りの人を信用して、甘えたり頼るのもいい。自分でなんでもできなくてもいいのです。
「月のぶどう」寺地はるな|続編にも期待
「月のぶどう」は、まだまだこれからという終わり方。
この先、彼らがどう成長していくのか、見てみたい気持ちになります。
寺地はるなさんの作品は、シリーズものがあまりないのですが、「月のぶどう」には続編があってほしいな。
個人的には、戸川あずみ視点で、歩と出会った頃、感情の移り変わり、そして本作では描かれなかった未来のストーリーを読みたいですね。
「月のぶどう」寺地はるな|読む人によって感動ポイントが変わる小説
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「月のぶどう」は、読む人によって、さまざまなメッセージが味わえる作品。
仕事に行き詰まっている人には、歩が家業やワイン作りに向き合う過程をなぞってみてほしい。
いつも自分ひとりで頑張ろうとする人には、光実にかけられる言葉を自分にかけてあげてほしい。
周りに対して、自分と同じように高い意識を持ってほしくて歯がゆい人は、歩の隠れた努力を見てほしい。
自分よりも恵まれた境遇の人を、羨ましく思うなら、森園くんや戸川あずみの気持ちに共感してほしい。
外見を磨くのは無駄だと感じているなら、ぶどうだって手間暇かけて栽培されているんだと知ってほしい。
「月のぶどう」作者の寺地はるなさんからコメント
Twitterで、この記事を拡散したところ、寺地はるなさんに見つけていただきました。
リプライ形式にしていなかったのに、気付いて言及してくださってうれしい…!
ありがとうございます。月のぶどうあんま読まれてない(寺地調べ)のでうれしい>RT
— 寺地はるな (@terachi0109) March 1, 2020
調子に乗って、あつかましく「戸川あずみ目線のストーリーが読みたい」とリクエストしたところ、あたたかいお返事をいただきました。
こちらこそです。あずみちゃんのお話、書けたら書きたいです😊
— 寺地はるな『希望のゆくえ』3/25発売 (@tomotera0109) March 1, 2020
いつか、本当に続編(スピンオフ?)が読めたら本望です。
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