自分には何もない、と感じたことはありますか?
私は何度もあるなぁ…。だって、なんの才能も特技もないもん。
「自分の人生って、こんなもんなんだ」と諦めたようでいて、「ずっとこのままでいいのか」と焦る気持ちもあって。
そんな感情に覚えがある方には、小野寺史宜さんの「ライフ」をおすすめします。
小野寺史宜さんは、「ひと」で2019年本屋大賞2位に輝いた、注目の作家。
やりたい仕事じゃなくても、フリーターでも、ひとりで生きていけるけれど、周囲の人と関わることで、自分を深く知ることができる…そんな当たり前のことに気づかせてくれます。
「ライフ」を解説するよ!
「ライフ」小野寺史宜|主人公・井川幹太
「ライフ」の主人公は、大学時代から筧ハイツでひとり暮らしをする井川幹太。
幹太は、最初の就職でも、転職先でも、うまくやっていけず、停滞した日々を過ごしていました。
同じ大学だった仲間は、みんな就職してここを出ていったのに、自分だけはずっとここにいる…。
コンビニバイトと、単発の結婚式の代理出席のバイトでなんとかやりすごしています。
ある日の代理出席バイト中、高校時代の同級生、萩森澄穂と再会します。
サクラみたいなバイトだから、ほんとならバレたらダメだし、気まずいよね…!
ふたりが近況を話しているとき、澄穂の言葉が印象的でした。
やりたいことがあるのにやれなかった人と、やりたいこと自体を見つけられなかった人、どっちがいいんだろうね。
幹太と澄穂は、ときどき連絡を取りあうようになり、そこから周囲の人との関わりが増えていきます。
「ライフ」小野寺史宜|戸田さん一家との関わり
幹太は、上の階の「がさつくん」の騒音に悩まされています。
よっぽど苦情を入れようか迷いますが、真上の部屋の住人、戸田さんたちと親しくなり、余計言い出せなくなってしまうのです。
- 愛斗…一時の気の迷いで浮気をして、別居中。ひとりで筧ハイツに住んでいる。
- 藍奈…戸田の妻。美容師で、仕事の日は子どもを預けにくる。
- 朱奈…6歳の女の子。いろいろわかってくるお年頃。
- 風斗…4歳の男の子。無邪気でかわいい。
筧ハイツは単身向けのアパートなので、住んでいるのは、お父さんの戸田愛斗さんだけ。
それなのに、なんでこんなに足音がうるさいの?
騒音がひどいのは、奥さんの藍奈さんが仕事の日は、子どもたちを預かるから。
別居していても、完全に交流がないわけじゃなくて、ちゃんとお父さんの役割をこなしてるんだね。
戸田さんは、階下への音に無頓着でいい加減だけど、人懐っこい性格。
初対面から、幹太の下の名前を聞いてきて「カンちゃん」と呼び、グイグイ入り込んできます。
子守や相談役など、夫婦喧嘩に巻き込まれつつも、ひとりで暮らしていた幹太にとって、きっと頼られるのは嬉しかったはず。
ひとりだけど、ひとりじゃなかった…って、前作「ひと」を読んだときにも思ったような気がするよ。
「ライフ」小野寺史宜|両親への思いと葛藤
幹太の父親は、浮気をしていましたが、離婚しようと話し合っていた矢先にガンで亡くなりました。
母親はそのあと再婚し、幹太はひとり暮らしを始め、実家のあった場所にはもう誰もいません。
なんだか…全部よくないことだけど、丸く収まっちゃってる感じが居心地悪いね。
母が再婚した草間家は、とてもいい人たちで、幹太を草間工務店で雇ってもいいと言ってくれています。
だけど…なんだかしっくりこなくて、その話に乗れないんです。
一緒に働くとなると、やっぱりためらう気持ちは分かる気がするよ。
「ライフ」小野寺史宜|人との交流で成長していく
近くに住んでいても、関わりがなければ存在していないのと同じこと。
名前を知って、人となりを知って、初めてその人の人生に触れ合ったことになります。
幹太は、最終的に、筧ハイツの住人全員と知り合うことになります。
お隣は、ライターの中条さん、その隣は、女優のタマゴの坪内さん。
大学時代から9年も同じところに住んでいるからこそだよね。
他にも、バイト先のコンビニの七子さん、近所の高校生の郡くん、喫茶『羽鳥』の菊子さん、父の浮気相手だった船木雅代さん…。
いろんな人が、幹太の人生に関わっています。
人の成長って、目に見えるものではなく、こうして人と人との関わりで少しずつ変わっていくもの。
大きな事件が起こるお話ではありませんが、だからこそリアリティがあるのです。
筧ハイツでの暮らしは、自分は何者なのかを考える期間
幹太は、コンビニのバイトも卒なくこなすし、どんな相手とも普通に会話ができるし、仕事ができないようには思えません。
だけど、大学を卒業して就職した製パン会社を辞め、転職先の家電量販店も辞め、挫折を味わいます。
パンが好きだから、と就職してもダメで、それならたいして好きでない仕事を割り切ってやろう、と転職してもダメでした。
私には、幹太は「できない奴」だとは思えないし、幹太自身もきっとそうだったはず。
それでも、環境や相性や、いろんな影響で、うまくいかないことってあるんです。
そんなとき、澄穂と再会したり、戸田さん親子と親しくなったり…人との接点が増え、幹太の人生が動き出します。
「ライフ」というタイトルは抽象的だけど、ひとつひとつの関わりのくりかえしこそが、人生(=ライフ)なのかもしれません。
幹太が、澄穂に言った言葉が印象的でした。
「何者でもない誰かになるのは、そう楽しくもないから」
何度か挫折しても、幹太は自分を捨てるほど絶望しなかったし、代理出席のバイトをしても、誰か別人になりたいとも思わなかったのです。
それって、実はすごいことだし、幹太って芯が強いのかもしれないね。
筧ハイツが舞台の関連作品「まち」小野寺史宜
小野寺史宜さんの小説は、登場人物がクロスオーバーしているのが特徴。
「ライフ」の主人公、井川幹太は、「まち」にも登場しています。
「まち」の主人公の江藤瞬一は、じいちゃんの言葉を胸に、故郷を離れて筧ハイツで暮らしています。
つまりご近所さんってわけだね。
どんな関わり方をしているのかは、実際に読んでみてね。
「ライフ」小野寺史宜|自分には何があるのかを模索する小説
自分には才能がある、この道を選ぼう、と心に決められる人は、幸せなのかもしれません。
だけど、人生ってそんなに単純じゃなくて、立ち止まったり迷ったりするもの。
自分には何もない、かもしれないけれど、それでも誰かと関わりながら暮らすことはできます。
幹太の自然な変化を見届けて、自分自身の人生を見つめ直すきっかけにしてくださいね。
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